Research研究内容
物性物理学研究に用いられる実験手法は巨視的と微視的測定に大別されます。巨視的物性として、原子サイズと比べて大きなスケールで発現する電気抵抗、磁化率、比熱などがあります。これらの測定は実験室レベルで実施可能なものが多く、新しい物質が開発されると即座に測定が行われることが一般的です。
一方、微視的測定には実空間(位置空間)で微小な領域を観察する顕微法や散乱手法により逆空間(運動量空間)を観察する手法があります。これらは大型施設に赴いて初めて実験できることが多いため、敷居が高く難解であると捉えられがちです。
しかし、物理現象を正しく理解するには、巨視的のみならず微視的観点からの理解が欠かせません。
南部研究室では、自ら行う試料合成と実験室で行う巨視的測定、中性子やX線などの微視的測定を組み合わせることで新奇な量子物性現象に多角的に迫る研究スタイルを取っています。
スピントロニクス
スピントロニクスでは、スピン自由度の流れであるスピン流の生成と制御が課題となっています。
固体中のスピン流の伝播過程は運動量(Q)空間全般に跨りますが、これまでの検出は、逆スピンホール効果による長波長極限(Q = 0)の電圧測定に限られてきました。しかし、スピン流を制御し高効率化を達成するには、スピン流の拡散長や寿命など運動量分解された微視的な視点に基づく情報が欠かせません。また、室温での社会実装を目指すには、スピン流のエネルギー(E)依存性の知見も必要となります。
絶縁体において、スピン流は秩序化したスピンの歳差運動によって伝播されますが、これまで歳差運動自体の測定例が存在しませんでした。我々は偏極中性子によって歳差運動を検出できることを計算から見出し、世界初の歳差運動の観測に成功しました [1,2]。フェリ磁性体Y3Fe5O12に対して新しい偏極中性子散乱を適用し、音響・光学マグノンモードの歳差運動の回転方向が互いに反対を向いていること、それゆえ逆向きのスピン流を伝播することを示しました。
最近は、絶縁体のスピン以外にも、スピン三重項によるスピン流伝播 [3] やスピンよりも高次自由度が運ぶスピン流、反強磁性スピントロニクスにも興味を持っています。
- Y. Nambu, J. Barker, Y. Okino, T. Kikkawa, Y. Shiomi, M. Enderle, T. Weber, B. Winn, M. Graves-Brook, J. Tranquada, T. Ziman, M. Fujita, G.E.W. Bauer, E. Saitoh, and K. Kakurai, Physical Review Letters 125, 027201 (2020). Editors’ Suggestion
- Y. Nambu and S. Shamoto, Journal of the Physical Society of Japan 90, 081002 (2021). (Special Topics: Renewed Interest in the Physics of Ferrimagnets for Spintronics)
- Y. Chen, M. Sato, Y. Tang, Y. Shiomi, K. Oyanagi, T. Masuda, Y. Nambu, M. Fujita, and E. Saitoh, Nature Communications 12, 5199 (2021).
フラストレート磁性
磁気秩序を抑えた時に現れる固体の新奇状態が物性物理学のフロンティアとして永く注目を集めてきました。
そのような状態には既存の理論が通用しないため、スピンの空間・時間相関の情報を詳細に調べることが必要となります。
空間相関の情報については回折測定が用いられますが、これまで時間情報に着目した研究はあまりありませんでした。我々は磁気秩序を示さない三角格子反強磁性体NiGa2S4に注目し、中性子とミュオン、交流磁化率を組み合わせることで、13桁に渡ってスピン揺らぎ時間を定量的に追跡し、低温でスピンが10-6秒程度で揺らぐ状態を発見しました [1]。
この磁気状態には、スピンよりも高次な磁気四重極子相関が発達していることがスピンサイズ依存性 [2] やラマン散乱 [3] から明らかになっており、10-6秒で揺らぐスピン状態へはやはり高次なカイラリティが引き起こすトポロジカル転移であることが分かってきました。中性子散乱は磁気双極子(スピン)と相関するため、スピンの高次自由度の直接検出は難しいですが、新しい散乱手法を開発することでその検出を目標としています。
- Y. Nambu, J.S. Gardner, D.E. MacLaughlin, C. Stock, H. Endo, S. Jonas, T.J. Sato, S. Nakatsuj, and C. Broholm, Physical Review Letters 115, 127202 (2015).
- Y. Nambu, S. Nakatsuji, Y. Maeno, E.K. Okudzeto, and J.Y. Chan, Physical Review Letters 101, 207204 (2008).[3] M.E. Valentine, T. Higo, Y. Nambu, D. Chaudhuri, J. Wen, C. Broholm, S. Nakatsuji, and N. DrichkoPhysical Review Letters 125, 197201 (2020).
- M.E. Valentine, T. Higo, Y. Nambu, D. Chaudhuri, J. Wen, C. Broholm, S. Nakatsuji, and N. Drichko Physical Review Letters 125, 197201 (2020).
- Y. Nambu, K. Aoyama, H. Kawamura, T. R. Gentile, W. Chen, S. Watson, and Y. Qiu, submitted.
鉄系超伝導
鉄系超伝導は、銅酸化物に次ぐ高い転移温度を持つ系として注目されています。
もともと、磁石としての鉄は超伝導に不向きと考えられていたため、2008年に日本で発表された鉄系超伝導は驚きを持って受け止められました。銅とは異なり、複数の多軌道電子に起因する軌道自由度が超伝導発現機構として有力視されています。
我々は二次元上の鉄系超伝導の発現機構を解明するため、空間次元の異なる鉄系化合物に注目しています。超伝導発現はフェルミ面や磁気秩序、電子相関に依存しており、物質の次元性を変えることでこれらを変化させ、より単純な格子上で発現機構の解明に至る可能性があります。
三次元系 [1]、一次元系 [2] における群論的解析による磁気構造同定と様々な共同研究を組み合わせて、結晶構造をパラメータとして電子相関や磁気構造を統一的に理解できることなどを示しました。 また、一次元系では、圧力印加によって超伝導誘起に成功し [3]、超伝導発現における軌道自由度の重要性を指摘しました [4]。鉄系超伝導において支配的であると考えられる軌道自由度について、偏極中性子散乱を用いた解明に取り組んでいます。
- Y. Nambu, L.L. Zhao, E. Morosan, K. Kim, G. Kotliar, P. Zajdel, M.A. Green, W. Ratcliff, J.A. Rodriguez- Rivera, and C. Broholm, Physical Review Letters 106, 037201 (2011).
- Y. Nambu, K. Ohgushi, S. Suzuki, F. Du, M. Avdeev, Y. Uwatoko, K. Munakata, H. Fukazawa, S. Chi, Y. Ueda, and T.J. Sato, Physical Review B 85, 064413 (2012).
- H. Takahashi, A. Sugimoto, Y. Nambu, T. Yamauchi, Y. Hirata, T. Kawakami, M. Avdeev, K. Matsubayashi, F. Du, C. Kawashima, H. Soeda, S. Nakano, Y. Uwatoko, Y. Ueda, T.J. Sato, and K. Ohgushi, Nature Materials 14, 1008 (2015).
- S. Hosoi, T. Aoyama, K. Ishida, Y. Mizukami, K. Hashizume, S. Imaizumi, Y. Imai, K. Ohgushi, Y. Nambu, M. Kimata, S. Kimura, and T. Shibauchi, Physical Review Research 2, 043293 (2020).